【聖堂朝礼】防災とボランティアの日

 おととい,117日は、28年前に兵庫県の淡路島の北側を震源地とする地震が起こりました。神戸を中心に阪神・淡路大震災がありました。東北から九州までも揺れがありました。「震度7」という、今までの日本で一度もなかったほど大きな地震でした。この地震で亡くなられた方、行方が分からなくなった方は6400人を超えました。この地震でおよそ63万もの家が壊れてしまいました。震度6だった地域は淡路島、神戸市、芦屋市、西宮市、宝塚市です。その一部では震度7になっていた地域もありました。

 私が聖ドミニコ学園に努めて2年目くらいでした。テレビのニュースで流れた映像にはビルが倒れ、阪神高速道路の柱が根元から折れ、横たわっている風景を見たときはとてもショックでした。朝546分と早い時刻でした。

 震度7といっても想像もできませんが、震度7の地震が起こっている時は、身動きができないそうです。しかも重たい家具(たんす、食器棚)また、家電(冷蔵庫、洗濯機)などが動いたり、飛んできたりします。そのため、家が壊れることもあったそうです。亡くなられた人のほとんどが、家が壊れたり、家具の下敷きになったりしたためでした。また時間が経ってから、疲れやストレスで亡くなる方も多かったそうです。

 さらに住宅が立ち並ぶ地域では大きな火事が起きました。各地で同時に火事が起こりましたが、地震で水道管が壊れたために火を消すための水が使えませんでした。そのため火事が起きても消せずにどんどん広がりました。道路や線路なども壊れ、他の地域から行き来ができなくなりました。電気やガスや電話も使えなくなりました。生活するための大切なものが届かない状況になりました。多くの困まりましたが、それを助けようとする人たちもいました。地震が起こってから1年間で137万人の人たちがボランティア活動を行いました。食べものや生活用品などを運び、困っている人たちに配りました。この時にボランティアは大切だとみんなが思い、全国から多くの人がそれに参加しました。117日を「防災とボランティアの日」としています。

 

 携帯電話、電子メール、インターネットが情報を得るのにとても役に立ちました。その後、様々な災害情報システムが開発されるきっかけになりました。

そしてこれから起こるかもしれない災害のために準備しておくことをみんなが始めるようになりました。聖ドミニコ学園も2001年に、大きな地震にも耐えられるように今の校舎に建て替えました。また災害のための避難訓練や学校から家に帰ることができなくなっても困らないように、食べ物や飲み物、毛布などを学園で準備するようになりました。

 

 人は大きな災害からも立ち直る力を持っています。当時の災害にあった人は今も悲しみは残っているかもしれません。しかしそれを悲しみだけにとどめず、それを知らない年齢の人たちにも、命の大切さ、災害への準備の大切さを教えてくださっています。悲しみを乗り越えて、またその経験を活かして、前に向かって歩んでいく人たちに生きる強さ、人としての素晴らしさを感じました。わたしたちも大きな困難にそなえる準備や困っている人や苦しんでいる人の事を考え、自分たちに何ができるか考えていきましょう。

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