【聖堂朝礼】「はい、マリア様」

 今週も木曜日がやってきました。皆さんお元気ですか?
 3月からずっと、途切れることなく学校がお休みになってしまっていましたが、「ゴールデンウィーク」が終わった今日、57日は、うまくいけば始業式があるはずの、皆さんが学校に来られるはずの日でした。まだあと数週間、学校に通えない毎日が続きます。感染の広がりがおさまってくれればと、私たちはつい残念に思ってしまいます。悲しい、寂しい、悔しい…でも神様はそんな私たちをいつも心にかけてくださり、私たちのそばにいて、そっと見守ってくださっています。
 
 つい先日のこと、卒業生の大越元気くんが、皆さんのために体操ビデオを撮影している場に来てくれました。卒業して何年も経つのに、ドミニコのことをいつも心にかけてくれていて、そばにきて、そっと手伝ってくれます。この日も、自分のラグビーチームのユニフォームを着て、体操ビデオに出演してくれました。そっと来て、そっとお手伝いして、ごほうびを欲しがることなく、そっと帰りました。ありがたいことです。ふさぎこんでしまいそうな私たちに、そっと明かりを灯してくれました。
 
 さて、5月は「聖母月」(せいぼげつ)です。静かに暮らしていたマリア様の人生は、天使のお告げから大きく変えられていきます。ルカによる福音書に詳しく書かれています。
「おめでとう、恵まれた方。主はあなたと共におられます」「あなたは神から恵みをいただいた。男の子を産むが、イエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる」
このように天使に告げられて、マリア様はおどろきました。もしかしたら、考え込んだかもしれません。でもマリア様は、はっきりと天使に答えました。
「お言葉どおり、この身に成りますように」

  ごほうびも何も求めず、条件をつけず、ただそのまま受け入れたマリア様。神様のお望みのとおりになりますようにと、ご自分を神様に委ねました。それは、神さまがいつも私たちを心にかけてくださり、そばにいてくださると、マリア様が感じていたからでしょう。

 それからマリア様の周りには、いつも不思議なことが起こります。イエスさまがお生まれになったとき、誰かに知らせたわけではないのに羊飼いや博士たちがお祝いに来ました。イエスさまが少年になったとき、お父さんお母さんから何かを教わったわけではないのに、学者たちと神殿で話していました。そしてイエスさまが大人になって結婚式のお祝いに参加した席では、イエスさまのお言葉の通りに召使いたちが水を汲んでかめに入れたら、水がぶどう酒に変わっていました。ほかにもいくつもの不思議なことに出会います。そしてどの場面でも、そっとご自分の心にしまわれました。
 マリア様は、神様が私たちを大切に思ってくださることを一番に心に留めて、毎日を過ごされました。きっとマリア様は、いつも神様が私たちを心にかけてくださり、そばにいてくださることを感じて、お祈りなさったことでしょう。そのマリア様から声をかけられたら、「はい!」とお返事できますか?

  学校に行かれず、息苦しい思いの私たち。それでも、何かできることがきっとあります。自分に何かをしてくれるから、人に何かをしてあげる、というのではなく、先に私たちから誰かに「まごころプレゼント」をするとき、それをマリア様はきっと受け取ってくださいます。さあ、何をしてみましょうか。

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