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《教室寸景》(中1・国語)「哲学対話」で考える「少年の日の思い出」

 中学1年生3学期の国語の授業では、物語を題材にじっくり考え、対話を通して理解を深めていく「哲学対話」に取り組みました。今回は、ヘルマン・ヘッセの小説「少年の日の思い出」を題材にした授業の様子を紹介します。

 授業のテーマは、「『少年の日の思い出』——〈僕〉はなぜ自分の蝶の標本を潰したのか?」です。この物語のラストには、主人公である〈僕〉が、それまで大事にしてきた自分の蝶の標本を一つずつ潰してしまう、という場面があります。授業では、この「答えのない問い」をめぐり、生徒たちが自由に考えを出し合い、互いに耳を傾けながら対話しました。

 教室の机を片付けて全員で大きな円をつくり、「コッチー」と名付けたコミュニティボールを持つ人だけが話せるというルールで哲学対話を始めました。話す人はしっかり話し、聞く人はそれに集中するという、シンプルながら丁寧な対話の姿勢を育むための工夫です。

 はじめは緊張気味だった生徒たちも、「コッチー」が回るにつれ、自然と自分の言葉で語りはじめます。「わざと落とさないように優しく渡してね」という呼びかけを通じて、ものだけではなく一人一人の語りをも大切に扱おうという雰囲気が広がっていました。

 対話の中で、生徒たちは物語の一行一行をていねいに読み返しながら、さまざまな「理由」を提案しました。いくつかをご紹介します。

  • 罪悪感から自分を罰したのではないか
    エーミールの大切な蝶を壊してしまい、「取り返しがつかないことを悟った」という本文の表現を根拠に、自分の宝物を壊したという見方。

  • エーミールへの怒りの爆発
    正論をぶつけてくるエーミールに対し、反論できない悔しさや苛立ちを抱えていたのでは、という意見。

  • 「自分のものにしたい」という誘惑に負けた自分への嫌悪
    クジャクヤママユを盗みかけた自分の弱さと向き合えず、コレクションを見るのがつらくなったという読み。

  • 感情のアップダウンによる衝動
    嬉しい気持ち・怒られた悔しさなど、気分の急変が破壊という行動に結びついたという視点。

  • 過去の失敗が大人になっても続く“トラウマ”として残った
    大人になった“僕”が蝶を慎重に扱う冒頭の描写から、子どもの頃の出来事が長く心に影響を残したのでは、という深読みも登場しました。 

 いずれの意見も、本文の根拠から丁寧に導出したもので、「どれが正しいか」を決めるのではなく、「どの読みがより説得力を持つか」を考える姿勢が育っていることが印象的でした。

 教員からは「物語には一つの正解はない。でも、根拠をもとに読みを深めていくことで、説得力のある読みが生まれていく」というメッセージを伝えました。

 自分の考えを言葉で表す力、他者の話を静かに聴く姿勢、本文を根拠に論理的に考える読解力、異なる意見を尊重する態度、など、本時の実践を通じて育んだ力は、今後の学習においても欠くことのできない資質・能力の育成につながると考えています。

 さらに今回のように「答えの出ない問い」を扱うことは、ただ正解を鵜呑みにするのではなく、事物をたえず探究する姿勢を養うことにも通じるものといえるでしょう。

 知識を得ることにとどまらず、自分の頭で考え、言葉にし、それを他者と分かち合うという営為は、小規模校の強みといえるでしょう。今回のような哲学対話の授業は、そうした本校ならではの強みを活かした取り組みのひとつです。