半径50mの出会いから

新年あけましておめでとうございます。今年の三が日、東京をはじめ各地は天候に恵まれて、穏やかな年始となりました。ご家族揃っての温かい年明けであったことと思います。

昨年暮れに二子玉川の駅前で、学園有志によるフラッシュモブが行われました。わずか10分の発表でしたが、中高生のリードにより、園児児童生徒から保護者、聖歌隊まで、学園が一つになって平和のメッセージを披露できた素晴らしいひと時でした。主導してくださった後援会の皆様には心より御礼申し上げます。

さて、元日は「神の母聖マリア」の祭日でした。12月25日から8日目のこの日、幼子はイエスと命名されました。神から贈られた「平和の君」はマリアを通して人となられ、イエスと名付けられたその存在が光となって人々を照らしています。そのマリアの役割を記念する日として祈ります。

そしてまた、この1月1日は「世界平和の日」でもあります。ベトナム戦争が激化していた1968年に、当時の教皇パウロ六世が「世界平和の日」と定めました。誰もが新しい気持ちになる年頭に、キリストの平和を願い求めることの大切さを示されました。

平和を「やすらぎ」と言い換えるなら、今の地球には人々が心から安らげる居場所のなんと少ないことでしょう。民族や宗教の対立や分断、テロや空襲に怯える人々への無関心が、残念ながらグローバル化している気がします。

この冬休みに読んだある本の一節に、「半径50mの中に、異文化との出会いがある」「その異文化に気づき、尊重し、認め合わない人は、海外に出てもグローバル体験はできない」という趣旨のことが書かれていました。なるほど、隣人の存在に気づこうともせず無関心であるなら、グローバルどころではありません。違いがあるから排除するのではなく、違うからこそ歩み寄り、対話を始めること。すべて名のある他者の存在に、しっかりと目を向けてみることが必要です。

ノーベル平和賞を受賞したマザーテレサは、困窮する人々の存在に目を留め、民族や宗教が何であれ尊重して、その名づけられた存在に自ら歩み寄り、関心をもって寄り添いました。その地道な活動を思い出すとき、「価値があるから生きているのではない、生きているから価値があるのだ」と語られたSr.渡辺和子の言葉が心に沁みます。

そのマザーテレサが、いつくしみの特別聖年である今年、列聖されます。平和を願い求め、いつくしみをもって行動し続けたマザーテレサの歩みに倣い、記念する大切な年になります。

平和は与えられるものではなく、身の回りから構築していくもの。そう考えるとき、まず「半径五十m」に目を向ける心を持ちたいものです。今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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