
戦争と平和
夏は、第二次世界大戦を経験した者にとって、戦争と平和を考えないでいられないときです。今でも8月15日、正午の玉音放送(実際は広い講堂で聞いたラジオの放送は声が割れていて内容は理解できず、講堂を出てから先生に教えて頂いて分かったのですが)の後、「もう家へ帰ってもよい。出校日はいずれ連絡します」と言われて帰宅する途中、真っ青に澄み渡った夏の日の空を米国機がゆうゆうと飛ぶのを見て、「もう逃げなくてもよいのだ」と不思議な感じがしたのを、はっきりと覚えています。夏休みにもかかわらず、また、家が近いにもかかわらず、万一爆撃されたとき、校舎の消火活動をするため、工場に動員された学生以外全員、寄宿舎生活をしていたのでした。
もう決して戦争の悲惨を繰り返したくない、という思いは、すべての人に共通であり、子どもとても例外ではありません。9.11の事件が起こった頃、私は小学校6年生の授業をしていました。あのとき6年生が考えたことをいくつかご紹介しましょう。
「人は怒りにまかせて行動をしてはいけない。絶対にしっぺ返しされる。
憎しみは繰り返されていくのだ。怒りと憎しみのままに動くことで、自分で
自分の首をしめているのだとなぜ気付かないのだろうか。幸せは争いか
らは生まれないと思う。争いは悲しみを生むだけだと思う。」
「私はまず誰がやったとか、その犯人を早く見つけるとかいうのより先に、
まったく関係のない人々の安全と平和を考えた方がいいと思います。余計
に人々が死んでしまうからです。早く武力とかじゃなくて、話し合って平和を
とりもどせるようになったらいいなと思っています。」
「100%報復措置をとって敵を倒せるかといったらそういうわけではない。
きわめてわずかな敵しか倒せないであろう、なぜなら敵は散らばっている
からだ。それならなぜ多くの人を助けない?少ない敵より多くの助けを求
めている人を助ける方がよっぽど復讐より良い。いや、絶対そっちの方が
いい。」
小学校6年生にしてすでに、原因は貧困ではないか、それなら食料援助をこそすべきと考えています。この子どもたちに信頼して、よりよい明日を築く努力をしましょう。今また、世界の中に、日本にも、貧困が増えています。平和を実現するために、私たち一人ひとりに出来ることは小さくても、その小さな実行を重ねること、そして真剣に祈ることを重ねましょう。
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