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学園長挨拶
学園長写真  
   
聖母マリアの月
 

   ただひとりあゆむ 日々のこみち
   サンタマリアあなたと ともに歩む
   ともに歩んでください サンタマリアよ
   ともに歩んでください サンタマリアよ

  5月、廊下のスピーカーから朝礼の歌が聞こえてきます。そうです、5月はカトリック教会では聖母マリアの月とされています。自然が美しく装うこの時期を、もっとも美しい女性、聖母マリアになぞらえたのでしょう。

  ヨゼフ様との結婚を控えて、幸せな家庭を夢み、いそいそと準備していらっしゃった最中に、突然、マリア様の生活設計は中断させられます。「あなたはみごもって男の子を生む」。晴天の霹靂とはこのことでしょう。自分自身の計画は完全に覆され、神の働きへの全面的な協力者と変えられます。勿論、戸惑いはありました、「どうしてそのようなことがありえましょうか?」しかし、日ごろ祈りの中に神に親しんでいたマリア様には、それが神から来たものであると分かりました。もう躊躇はありません。「私は主のはしためです。おことばどおり、この身になりますように」。この全面的な受容によって、神の子イエスはマリア様の内に宿りました。

  このマリア様の受容に、イエス様の賞賛の言葉が呼応します。ある日のこと、イエス様をとり巻いて、心にしみ通るそのお話を聴いていた群集の中から、ひとりの女性が声をあげました、「なんと幸いなことでしょう、あなたを宿した胎と、あなたが吸った乳房とは。」それに対してイエスはおっしゃいました、「むしろ幸いな者は、神のことばを聞き、それを守る人々である」。

  私たちはとかく、全く自分とかけ離れた、まねの出来ない存在としてマリア様を見てしまいがちですが、イエス様は、その恵みに値したマリア様の生き方、神様の前での態度に私たちの目を向けさせます。「神の言葉を聞き、それを守る」ことは、いつでも、どこでも、私たちにも可能です・・・マリア様のように、それが神様からのものであると分かるだけの親しみを日ごろ養っているならば。

  両親や指導者を通して、友人その他周囲の人々を通して、あるいは、いろいろな出来事を通して・・・最終的には自分の良心を通して聞こえてくる神様の呼びかけに気づき、正直に応えたいものです。「幸いな人、神のことばを聞き、それを守る人」というイエス様の言葉を受けることが出来る生き方が出来ますように。